金田一 京助(言語学者)
Kindaichi Kyosuke
1882年05月05日(尾宿) 共鳴度:58%
知里 幸恵(アイヌ民族の女性)
Chiri Sachie
1903年06月08日(心宿)
 数々の辞書などに名前がある偉大な言語学者の金田一京助。彼はアイヌ語の研究でも偉大な功績を残しているが、その中で1918年にアイヌ民族の女性との出会いがあった。因みにアイヌとは北海道の先住民の事知里幸恵という19歳の若さで亡くなったアイヌ民族の女性で、彼女は亡くなる直前まで金田一京助氏の自宅でアイヌに伝わる口承文芸を記録し、日本語へと翻訳する仕事を見事にやり遂げた。彼女は北海道登別市にアイヌの子孫として生まれ、そこで育ったが14歳の時に知り合いの家で金田一京助氏に出会った。この時に彼女は金田一氏にユーカラなどを披露し、この才能に驚いた金田一氏は彼女に『ユーカラを書き残すためなら、全財産をはたいても惜しくない』と伝えた。この時に彼女は、これが自分にしかできない仕事なのだという事を悟ったと共に、ユーカラを書物として残すことが歴史上においても非常に重要な事である事を知った。彼女が死の直前まで執筆し、彼女の遺作となった文献『アイヌ神謡集』は、彼女が遺したたった1冊の書物である。
相性考察:占星学的にみると二人の誕生日の月が347度の角度を形成しており『栄・親』の関係になる。彼女の才能に驚き、アイヌ語のローマ字表記を勧めたのが金田一さんだったという。才能というのは、多分言語学的な才能という意味だろうと思う。益々、消えてゆくアイヌ民族の文化を文献として遺したこの二人の功績は非常に偉大だ。

aug5.2005