| ハインリヒ4世 Heinrich IV |
1050年11月11日生(鬼宿) | 共鳴度:??% | ![]() |
| グレゴリウス7世 Gregorius VII |
1020年- | ||
| カノッサの屈辱とは、1077年1月25日から3日間、神聖ローマ帝国皇帝ハインリヒ4世が、ローマ教皇グレゴリウス7世による破門の解除を願ってカノッサ城に赴いて許しを願ったことをいう。この原因は、皇帝ハインリヒ4世が自分の配下にある司祭ばかりを大司教に任命し、北イタリアにおいての影響力を増強しようと動いていた事にある。これが気に入らなかったカトリック教会側のグレゴリウス教皇(ローマ法王)は、司教の任命権(叙任権)は王でなく教会にあることを皇帝側に通達した。しかし、皇帝ハインリヒ4世はこれを聞き入れないばかりか激怒し、教皇を廃止すると言い出した。当然、立場的には皇帝の方が上なのだが、この後にグレゴリウス教皇側は皇帝の破門及び王位剥奪を宣言し、立場的に無理があるように思われたが、そこに数々の有力者が賛同して会議にて新しい皇帝を選出することが決定した。これにより皇帝側は焦り、教皇側に使者を送って謝罪をしたのだが、これでも教皇側は納得せず、結局は皇帝が直々に教皇側に赴き、3日間に渡って建物の前で謝罪し続けたという。これにより、教皇側は王位剥奪の宣言を取り下げた。 | |||
| 相性考察:占星学的にみると二人の誕生日の月が???度の角度を形成しているので『ハテナ』の関係となる。 | |||
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oct4.2005