ポール・ゴーギャン 1848年06月07日(翼宿) 共鳴度:64%
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ 1853年03月30日(箕宿)
  
ゴッホには、しいたげられた人々を救うために、牧師を志した時期がありました。しかし彼は当時、教会で説教を行うだけではなく、炭鉱の貧しい労働者達の所へ赴き、援助の手を差し伸べる事に夢中になってろくに食べず、身なりが汚く、伝道師としては失格だと教団から解雇されました。やってることは「マザー・テレサ」に匹敵すると思うんですけどね。
 そして「絵でも人を救える」と思いついたのです。
この二人の共同生活は1888年10月23日(胃宿)から南フランスのアルルにて始まります。これはゴッホが思い描いていた「芸術家が共同生活をする芸術家村」の構想が動き出した第一歩でした。
芸術家は当時、貧しい人が多く、共同生活で助け合えば芸術文化の向上にも繋がるとゴッホは考えたのだ。しかし何人かの芸術家に声をかけましたが、唯一来たのが「ポール・ゴーギャン」でした。「まあ、軌道に乗れば他の人も参加するだろう」。しかしこの構想は意外と早く幕を引いた。その年の12月23日(角宿)にゴッホが自らの耳をそぎ落とした事件をきっかけに12月26日(房宿)にゴッホはアルルを去った。こうしてゴッホの夢がまた一つ、儚く散ったのだった。
相性考察:占星学的に見ると、二人の誕生日の月が108度の角度を形成しているので『栄・親』の相性となる。だがこの場合『業・胎』の相性と私は考える。ゴッホと弟テオの相性も『業・胎』だったが、ゴッホはこういう力強い縁を持つ男だったようだ。しかし、この「芸術家村」の構想が上手く運ばなかったのは、この二人の仲が悪かったという説は当たらない。むしろ自らの「芸術家村」という構想が理解されない事に対する苛立ちから、ポール・ゴーギャンに八つ当たりしてしまったのだろう。

jun19.2005