フィンセント・ファン・ゴッホ(画家)
Vincent Willem van Gogh
1853年03月30日(箕宿) 共鳴度:56%
ケー・フォス・ストリッケル(従妹)
Kee Vos Stricker
1846年03月21日(虚宿)
 オランダの牧師の家に生まれ、フランスで創作活動を行った『フィンセント・ファン・ゴッホ』。彼は27歳の時から絵描きとして創作活動を始めたのだが、その翌年の28歳の時、1881年に従妹のケー・フォス・ストリッケルに出会った。彼女は夫を亡くしてゴッホ家に滞在していたのだが、ゴッホは彼女を悲しみから救いたいと思った。彼女が実家のアムステルダムに帰った後、ゴッホは彼女の家まで列車で行き、彼女の親の前で「私が我慢できた時間だけでも、彼女と会わせてくれ」とロウソクに手をかざそうとしたが、ロウソクを倒され「娘には絶対に会わせない」と宿まで送り返された。後世の見解によると、彼女がもしゴッホの愛に答えていたならば、まともな職を探そうと努力したかもしれないし、そうなれば画家を目指すこともなかったかもしれないのである。何故なら、彼は絵を描く前に牧師見習いをしていたが、それも『人を救いたい』という彼の願いからだった。教会を追放された後に、絵を通じて「人を救える」と思い絵描きを目指したという。ゴーギャンとの共同生活も、当時は貧しかった芸術家のために「芸術家村」を作り共同生活で助け合いたいという彼の企画の第一歩だった。しかしそれもゴーギャン一人しか来なかった挙句に、ゴッホ自身の耳そぎ事件であっけなく幕を下ろした。彼の人生では常に、人のために何かをしたい、人と幸せを分かち合いたいという純粋すぎる情熱が、眩いばかりに空回りしていた
相性考察:占星学的に見ると、二人の誕生日の月が21度の角度を形成しているので『友・衰』の相性となる。彼から見て『先導の衰』だから、振られた事によって非常にショックを受けたに違いない。尚、彼は彼女に振られた翌年にモデルのクラシナ・ホールニックと同棲しこれが離縁すると、31歳の時にマルゴに求愛されている。マルゴとストリッケルは同じタイプの女性だったようだ。

jun22.2005