| 本田 宗一郎 Honda Souichirou |
1906年11月17日(尾宿) | 共鳴度:31% | ![]() |
| 藤沢 武夫 Fujisawa Takeo |
1910年11月10日(壁宿) | ||
| 戦争が終わって4年目。昭和24年8月に二人の男が出会った。本田技研を創業する前の本田宗一郎と藤沢武夫だった。人々は貧しい中にも、復興の希望に燃えていた。福島で製材所を営んでいた藤沢は「東京で本格的なオートバイを作りたいが金がない」という本田の話を聞いて、支援を決める。それからの二人は、夢について夜中の12時頃まで話し込んでは翌朝また話し始めるという毎日が続いた。それを2〜 3年続けたので、その後は年に数回程度しか会わなくても、連携してやっていけたという。それが本田技研の元社長と元副社長だ。1973年に当時は本田技研の副社長であった藤沢武夫氏が「俺は辞める」と言った時に本田さんは「あいつあっての俺だ。奴が辞めるなら俺も辞める。」と社長退任を即決したという。 | |||
| 相性考察:占星学的に見ると、二人の誕生日の月が70度の角度を形成しているので『危・成』の相性となる。夢だけでは仕事は成り立たない。だが、この相性で努力するならば夢という形で二人の想いをぶつけ合う事ができる。仲が良かったわけではないはずだ。ただ、藤沢武夫さんは、本田さんの夢に魅了されたのだろうと思う。仕事として完璧に役割を果たしあった二人として、実に良い例だと思う。 | |||
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jul 4.2005