板垣 退助
Taisuke Itagaki
1837年05月21日(箕宿) 共鳴度:41%
小室 案外堂
Angaidou Komuro
1852年09月04日(畢宿)
 幕末、明治時代の政治家である「板垣退助」。自由民権運動の主導者として知られる彼は、1882年(明治15)4月6日午後6時ごろに岐阜の演説会場で暴漢に短刀で刺された。この時に彼が言ったとされる言葉が「板垣死すとも自由は死せず」なのだが、これが実際には本人が言ったものではないという説がある。この説では、この事件直後に現場付近で小室案外堂さんというジャーナリストが行った演説の題名が「板垣死ストモ自由ハ亡ビズ」となっていて、これが後に板垣退助の言葉として広がったという。しかし、現場にいた探偵が「板垣ハ東面シテ立チ其左面ヨリ出血スルトキ吾死スルトモ自由ハ死セントノ言ヲ吐露ス」という報告を行っていたという記述も見られ、真相は不明である。いずれにしても、この言葉が有名になるきっかけとなったのが、小室案外堂(本名:小室信介)さんの演説であった事は間違いないようです。
相性考察:この二人は誕生日の月の位置が152度の角度を形成しており、遠縁の『友・衰』の相性となっています。

oct1.2005