| 徳川 吉宗 Tokugawa Yoshimune |
1684年11月27日(張宿) | 共鳴度:94% | ![]() |
| 真宮 理子 Sananomiya Masako |
1691年09月10日(婁宿) | ||
| 日本の江戸幕府八代将軍である『徳川吉宗』。倹約家であった将軍は、現在に伝わる親しみやすい人柄からテレビでも『暴れん坊将軍』などの題材となっているし、色恋話もちらほら。しかし吉宗は、綺麗な女性を好まず、どちらかというと嫁に行き遅れたような女性ばかりを好んだそうです。吉宗は征夷大将軍になる少し前の22歳の時、1706年12月5日に伏見宮家の真宮理子(15)を正室として迎え入れました。この婚約は紀伊徳川家と伏見宮家という「家格」の婚約であったそうですが、理子はこの結婚に余り馴染めなかったようで、結婚から4年後の1710年6月30日に僅か18歳で亡くなってしまいます。死の数日前に第一子を流産していることから、これが原因であると考えられています。吉宗のただ一人の妻でした。というのは、この後に吉宗は5代将軍綱吉の養女竹姫を養女として迎え、結婚したいと考えていたのですが、これは周囲の反対により実現しませんでした。 | |||
| 相性考察:この二人は誕生日の月の位置が252度の角度を形成しており『栄・親』の相性となっています。真宮理子さんは月齢16生まれですので、綺麗ではなかったとしても非常に有能な女性であったと考えられます。或いは嫁選びに占いも使ったのかもしれません。 | |||
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oct31.2005